長い感想

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映画『トークバック』感想

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シアターセブンさんで坂上香監督「トークバック」観てきました🎥
最新作「プリズン・サークル」の上映前の予告編「トークバック」がよすぎて絶対観ると決めていました。

発達障害の影響が少しあるかと思いますが、私は自分が女性であることに、変な話自信がありません。
お花より草が好き、可愛いものより機能的なものが好き、恋愛の話は正直苦手、理屈っぽく雑談が苦手、男の子のような体格。。
自分を女性だと自信をもって言えない自分に、女性を感じざるおえない映画を見るのは妙なプレッシャーをかけるようで力がいるなぁ…とも思ったのですが、予告編の強烈な引力は「大丈夫!ちゃんと見れるよ!」と背中を押してくれるようでした。

「沈黙は私を守ってはくれなかった。」-オードリー・ロード(詩人)
はじまってすぐ、カサンドラの強烈な魂の強さに心を奪われる。ローデッサのカリスマ性、自分も舞台にたってみたいと思わせてしまう言葉掛けの素晴らしさ。
田舎で育ったマルレネの話を聴くたびに自分の経験が重なる。

私は今住んでるところでは想像できないような小さな村で育った。マルレネの言うとおり、一人が知れば全員に知れ渡ってしまう、狭くて閉鎖的な世界。汽車のある隣町には子どもの足では到底たどり着けないほど遠く離れていた。今でも田畑と道の中でどこに行けばよいのかわからない夢を見る。
閉鎖的な社会で変わり者と思われることは死を意味することだ。私は遅れて入った保育園(社会)で静かに絶望し、一つしかない小学校で村の人からあらぬ噂を立てられ家族ごと村八分になった。やがて誤解はとけたが心の傷は残ったままだった。土地を離れても、他人への心の開き方がわからないまま、中学生になる前にストレスからナルコレプシーを発症し、社会に出ても障害に悩まされた。

「このまま生きるのはもう無理」
大学で都会に出てきたとき、はじめて真正面から自分の不調をなんとかしようと取り組んだ。
あれから20年弱、さまざまな治療のはてに、やっとフルタイムで働けそうな体力を手に入れた時に気がついた、自分の心が止まっていた時間に対する絶望。歳だけとって人との繋がりのない心。今だに残る恐怖。

だが、映画の女性たちは「人生は必ずやりなおせる!」と叫ぶ。どんなに酷い目にあっても踊る、叫ぶ、今を全力で楽しむ。
回復し輝くカサンドラを次女が「母は成長しました」と讃えるシーン。だらだら泣いてたけど、ここで思いっきり泣いてしまいました。家族のことを一人の人間として心から讃える。すごくいやな思い出もたっくさんあっただろう、でもこの人たちは今をきちんと見つめている。

ソニアの舞台を見に来た友人がソニアを讃えるシーンも泣いてしまった。親しい人に尊敬を伝えるのは、私は少し(だいぶかも)気恥ずかしい。でも伝えられるようになりたい、感謝を伝えたい。素晴らしいものを見せてくれてありがとう、と。

上映後、坂上監督が登場され、観客同士のトークバックが開催されました。普段映画をみたらそそくさ帰っていたのに、後ろの見知らぬ方たちと映画のことを話せるなんて!素晴らしい機会でした。坂上さん、シアターセブンの方、関係者の方、素晴らしい機会をありがとうございます。

明日上映予定の「ライファーズ」も行けたら行きたいな。

自分のことを自分の言葉で話してみようと思い始め、「トークバック」でおもいきり背中を押された気がしました。
だいぶ暗めのブログで申し訳ないですが、正直に綴っていこうと思います。